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コラム

924「田尻睦子小論」
923「詩あきんど53号俳句四十八手」
922「第12回Web句会」
921「月並宗匠たちの句」

910「レームダック長寿御祝」
909「お岩さん「顔認証・・・」
908「ヌーディスト村」
907「詩あきんど51号鳥獣戯画」
906「モナリザの黄金比」
905「近況片片(4)」
904「わが街が・俳句」
903「蛙鳴き・俳句」
902「リバーサイドホテ・俳句」
901「クラインの壷・俳句」

920「第11回Web句会」
919「オスプレイ・俳句」
918「詩あきんど52号画家抄」
917「地球ころがって・俳句」
916「老残の・俳句」
915「水あれこれ」

914「忘れ得ぬ人たち(6)」

913「「この秋は」
補遺譚」
912「脇起半歌仙「この秋は」の巻」
911「寝袋・俳句」

白鳥の諏訪湖

ほらほら ネッシーもいるよ

924『田尻睦子小論』

■第五十二号より鑑賞()    矢崎硯水鑑賞

〇まむしぐさ 一瞬 破顔(わらい) 噛みころす  田尻睦子

まむしぐさは新芽が尻尾を立てたマムシの姿に似ているとか、仏炎苞が鎌首をもたげたマムシを連想させることからの呼称といわれる。球茎は有毒にして薬用。マムシもまた有毒であるが焼酎に浸して滋養強壮や精力サプリとして珍重され、なかんずく赤蝮ドリンクはペプチド血行を促進させるので女性に有効とされる。まむしぐさの奇天烈な姿を見て思わず笑ってしまったが、思い直して笑いを噛みころす。野草でありながら和名にマムシを冠し、毒と薬の相反する効能を持つバックグランドとは何か。何物に喩えられるものか。社会生活の裏腹とか、人間の心の善悪とか・・・

〇月半分 (カジ)ル 木ノ股ノ 少年    田尻睦子

中国の少数民族のワ族には「犬が齧れば月は欠け、薬草でさすれば丸くなる」など月の満ち欠けに関する伝説がある。日本でも月は女性に喩えられ、エロいアニメーションの「月を齧る」はアダルト指定だ。この俳句は分かち書きで三箇所が切れるので視点が変わり、風景や状況がリニューアルする。切字は一箇所が普通だが三箇所にあることによって、「空白」の部分で想像の翼を羽搏かせることが可能である。言外のフィールドと言ってもよいだろう。「齧る」「木ノ股」「少年」及び、格助詞がカタカナで硬質なことから少年の生理やレアなセクシュアルが感じられる。

〇そのみちは てふの かよひぢ 恐惶(あなかしこ)   田尻睦子

「てふ」とは「ちょう()」の歴史仮名遣い。また「蝶々」はしきりにお喋りするさまを意味する言葉でもある。「恐惶」は「あらあらかしこ」のことで女性が手紙の末尾に記す、意をつくさず恐れ入りますという意味である。「そのみち」は蝶が野路を通うさまをいうが、隠された部分では人間の恋路を表しているのではないか。フランスの詩人のジュール・ルナール詩集『博物誌』の、「二つ折りの恋文が、花の番地を探している」が俤と思われる。連句の付合風に眺めると、まむしぐさや少年の姿と通底する三句の配列の仕方であり、恋心と邪心の動きが垣間見える恐惶だろう。

〇汗ばんだ歯/寸鉄の/シーツに/刺され  田尻睦子

斜線の部分で改行した四行の俳句。「歯」は象牙質とエナメル質などから成るので「汗ばんだ」りしない。「寸鉄の」から一行挟んで「刺され」とあり、「寸鉄人を刺す」というフレーズが暗に措かれる。「シーツに」「刺され」るとは何をいうのか。どう考えても不合理で道理に反する表現だが、改行の言外の果ては、フランツ・カフカ『変身』の外交販売員が巨大な昆虫になってしまった不条理に行き着くだろう。「寸鉄のシーツ」は痛くて苦しいが、謂れなき妄想のアンニュイな心象風景が見えてくる。

「切れ」は一箇所という従来の俳句に疑義を唱え、反旗を翻したのは高柳重信だ。三行から四行書きを多行形式俳句といってこれを提唱し実践し、金子兜太らとともに前衛俳句の旗手といわれる。多行俳句は行が変わることによる世界観や状況の切り替え、複眼から眺める視界と、ミラーボールのような豊かで華やかな物語性が得られのではないか。エピグラムなど西洋の短詩の趣がイメージされ俳句に瑞々しい印象を与えた。

わたしは青年の一時期に自由律俳句や多行俳句を試みた。当時は「改行俳句」といったが、格助詞を一行に数える事例もあって、五行・六行になることもあった。わたしは投稿マニアだったが、総合俳誌や新聞の文芸欄のスペースは限られるので、多行俳句や自由律は投句しても「没ボックス」に放り込まれた。近未来俳句を探ろうという意気込みの多行俳句も分かち書きも、無季俳句さえも鬼っ子だった。そのころ俳句界の一角において、優れた新興俳句が創られていたことをわたしは知る由もなかった。

〇魂魄の うすらい いちまい にまい かな 田尻睦子

「魂魄」はこんぱくの読み。古代中国では人間を形成する陰陽二気の陽気な霊を「魂」と書き、陰気な霊を「魄」と書いた。訓読みではどちらも「たましい」だが前者は精神をつかさどり、後者は肉体をつかさどる神霊をいう。したがって肉体は消滅するので後者は幽霊や亡者のことをいう。「うすらい」は薄氷と書く初春の地理の季語。人間の精神は死後も多くの他者との交流のなかに生き続けるが、肉体は死と同時に消えて無に帰する。そうした死生観が「うすらい」の一枚、そして二枚によって透けたり遮られたりする。晩年の自らの行く末を案じる心の揺曳が悲しいが、ただそれが暖かい春の薄氷ということで穏やかに名残を惜しむ。

〇はなびらが ゆっくり からだを ぬけて ゆく 田尻睦子

分かち書き俳句の多くが「空白」からガラッと視点を千転させるのに、この俳句は率直な作句形体をとり、はなびらが、からだをぬけてゆくというシュールな感覚を散文のように詠み下す。はなびらは散るものであり、散ったはなびらが、からだを抜けてゆく。

〇くろ髪解き もみぢの 河を さかのぼる 田尻睦子

「くろ髪解き」、さんばら髪になり、「もみぢの河をさかのぼる」と散文調に置き換えれば分かりやすいが、分かち書きの「切れ」からイメージを増殖させると、「もみぢ」色の髪であり「河」は月日の流れの人生の喩えであり、「さかのぼる」は高齢化への段階の暗示のようにもとれる。「はなびらがゆっくり」と合わせて女性の述懐の姿が浮かんでくる。

〇一生は 一まいの波涛(なみ)//横を向け    田尻睦子

斜線2本の箇所は一行あけ。都合三行形式の俳句。「一生」と「一まい」の一という漢数字を畳みかけ、人間の一生とは「一まいの波涛」と比喩する。「一」は唯一という慣用句があるように掛け替えのないもの。いっぽう波は寄せては返す繰り替えしで一つとして同じ波形はなく、この日この刻の波の再びはない。命短きひとりの人間が千変万化する自然の摂理と向き合い、そしてどこかで吊り合っているバランス感覚。無常観を漂わせもする。波と涛を合わせて「なみ」のルビ。涛は大荒れを意味するので非日常を含めたライフスタイルを下敷きにする。

分かち書きや多行形式に加えてシュールな視座で言葉を紡ぎ、二十句の最後に一行あけて投げ込んできた「横を向け」とは何だろう。タイトルの「懸」は「あがた」「けん」と読み、「物にひっかける」「ぶらさがる」「宙に浮く」などのほか「託する」「預ける」の意味をいうとか。俳句形式を踏まえる一句独立ではあるが二十句を以って一篇の現代詩であり、地下茎のすべての語句がリンクしているようだ。「横を向け」はわたしの宿題でもある。

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以上は俳誌『詩あきんど』53号より転載させてもらった。題名の「田尻睦子小論」は当コラムのために筆者が勝手に付けたものである。

美術や文学の作品は発表され、制作者の手を離れると鑑賞者や読者のものといわれ、如何様に解釈評釈してもよろしいという不文律がある。そんな「無法地帯」ともいうべき領域に這入りこんで、「田尻ワールド」を矯めつ眇めつ眺めたのが上記の小論である。鑑賞とは作品を俎上にのせて自らの文芸観を縷々述べることである他方で、誤読やとんでもない思い違いの不安に怯えることでもある。表向きは平気の平左を装った文体ではあろうが・・・・

も一つの筆者の試みは、解釈鑑賞そのものが「読み物」の体をなすことを目指すことだ。「読み物」とは興味本位という意味ではなく「読み応え」であり、引用資料や用語の解説などバックボーンを探ることである。それが作品内容をより広く敷衍し、より深化させることだろう。今回の俎上に載る作品は、三ツ星シェフ硯水好みの腕を撫す食材であったのだ。(2024/03/31)

 

923『詩あきんど53号俳句四十八手』

   俳句 四十八手

新玉の年なり仕事打っ棄りて

引き網にて金銀引っ掛け宝船

おぼろなるAIの智へ猫だまし

虻蜂をとったり 何も取らずとも

つきひざで飯蛸食うべ世に倦みて

すね者が徳利投げて外寝かな

雷さまに臍をとられて不浄負け

ブラボーと雪渓抱かん 外無双

ありとある足を突き出し百足這う

ハンカチを上手捻りに見得を切り

かち上げの雀蛤となりぬるを

小手捻りの騙し絵見るや美術展

鯖折りの秋気いよいよ海は荒れ

リポ払い釣瓶落としの引き落とし

古酒に酔い詩に酔いおいら勇み足

寄り切りてロシア優勢大枯野

   欲という欲押し出して福は内

熊穴に入らず彷徨う 肩透かし

   われと我がこころの煤を叩き込み

   ロボットの蹴り技喰らい年が暮れ

■俳句を動かす

相撲の決まり手を四十八手という。四十八

は実数ではなく、諺に「無くて七癖あって四

十八癖」とあるように数が多いことをいい、

大乗仏教の経典の一つである『四十八願』の

有難き誓願などからの数字である。日本相撲

協会による相撲の技は八十二手(決まり手)

非技五手(禁じ手)と定められていて実際の数

は俗称よりもかなり多い。

「決まり手」「禁じ手」という相撲用語は

血気盛んな裸形の男が相対する格闘技であり、

五体が激しく衝突し動き回るので、当然なが

ら形容詞は動詞から成る。動詞は物事の動作

や状態などの時間的な変化をいうが、それに

加えて二人の男が汗みどろで取り組む様相、

そのイメージを利して俳句を動かそうという

試みである。

俳句を動かすためには先ず季題を動かす。

決まり手や禁じ手の用語を使って従来からの

季題の概念に風穴を開ける。違和感を与えて

固定化した概念をいったん突き崩し、ゲル状

にして表現のフィールドへ解き放つ。新しい

世界観が拓けて近未来の主題への挑戦が可能

となろう。むろん俳句の生命線である、おど

け・たわむれ・滑稽・批判性の高みを目指し

て・・・

こうした試みは、ヴィクトル・シクロフス

キーが提唱した、ロシア・フォルマリズムの

芸術説である、日常見慣れた表現形式に或る

「よそよそしさ」を与えることによって異様

なものに見せ、内容を一層よく感得させよう

とする「異化効果」につながるだろう。

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以上は俳誌『詩あきんど』53号「詩あきんど集1」より転載させていただいた。

簡単にいうと連作だが、新年を含めて春、夏、秋、冬の四季それぞれ五句ずつの二十句を以って一篇の「俳句詩」という考え方であり、この作品は相撲の「決まり手」を主題とした。

四季それぞれの一句目は13字で始まり、四句目五句目は15字に収めた。「文字面(もじづら)」という言葉があり、文字の並び方や字くばり、形状などから受ける視覚的な感じをいう。

視覚から意識は聴覚や触覚へと波及するといわれので、文字の長短を見ることによって聴覚の字音となり、音符となって音楽を奏でるように思えてならない。俳句はアートであり、動詞を用いた俳句はビデオ(動画)でる。(2024/03/30)

 

922『第12Web句会』

このたび、俳誌『詩あきんど』の「第12回Web句会」の結果が発表されたので、筆者の俳句の「自句自解」を書いてみたい。課題は「雛市」一句、雑詠一句の都合二句という規定だった。

  雛市やレディー・ガガ似を見て過ぐる  硯水

上記の俳句には特選(2点)と並選(1点)の二人が選んでくれた。雛市は「3月3日の雛祭りに飾る雛人形や調度類を売る市で、江戸では日本橋や本石町十軒店、人形町などがよく知られる」と辞書に載っている。

昔ながらの男雛や女雛、桜や橘や桃の花、菱餅や白酒が売られるが、耳目を集めるため、有名人や世相を賑わせた人物が「変わり雛」として並べられ、それがテレビなどマスメディアに取材され報道される。

レディー・ガガは1986年3月28日アメリカ生まれのポップ・シンガー。歌唱力はむろん、奇抜にして洗練されたファッションでセクシーなパフォーマンスをステージいっぱい繰り広げる。3月生まれでもあり、変わり雛にしない手はないと商業主義の人形師は考えたのだろう。

この句の眼目は「見て過ぐる」である。少しの時間見ていて立ち去る。何も言ってはいないが何かを言いたかったのではと考えさせ、批判性が込められる。(これがお雛様か、世の中変わったものよな。でも艶やかで可愛ゆい)・・・表現とは表すことをいうが、俳句の表現は言葉で表さないで言外に隠して読み手に内容が委ねられることが多い。

飼ひ慣らすわが躁鬱のカメレオン  硯水

この俳句には並選(1点)で3人が選んでくれた。カメレオンは爬虫類の一種で、赤外線や紫外線を避けるためなど環境に応じて体色を変えられる能力がある。青や黄の鮮やかな肌、ぎょろり動く目、長い尻尾、スローモーな動きなど、トカゲにしてイグアナの奇妙奇天烈な爬虫類だ。筆者はこの動物を体内に飼っている。飼い慣らしてしまった。

物書きや句歌人は神経病みや鬱病が多いといわれる。筆者は主治医に診て貰った訳ではないが、自己診断では躁鬱や自閉症の気があると思っている。掲句はわが境涯である。

Web句会は今回11人の少人数だが、句意が読み手に伝わって点を得て方向性を学び、逆に得点できないことでその理由を学ぶことができる。句会には「点」という宗匠がいらっしゃるのだ。(2024/03/08)

 

921『「月並」宗匠たちの句』

以下は2024年2月11日の朝日新聞全国版の<うたをよむ>『「月並」宗匠たちの句』爲永憲司氏の文章の全文を転載させていただく。なおルビは省略した。

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「一九二九(昭和四)年に改造社から刊行された『現代日本文学全集』の第三十八篇「現代俳句集」には、百七十人の俳人の作品が並ぶ。この本の興味深いところは、冒頭に正岡子規ではなく月の本為山から阿心庵雪人まで十七人の、いわゆる「月並派」の宗匠たちの句を配したことだ。子規による「旧派」排撃以来、陳腐卑属と退けられてきた彼らの句に私は心惹かれる。編集長を務める「俳壇」一月号でも特別企画を組んだ。

  浮寝鳥見て居る雪のからす哉 等裁

 とし立つや結びて長き箱の紐 春湖

 春風や遥かの丘の人の声 永湖

 椋鳥は知らぬ納豆茶漬かな 東枝

 はつ日の出暫時あつて波ひとつ 聴秋

  俳諧の腹調へん河豚汁 雪人

江戸以来の俳諧に遊び、滑稽に命をかけようという心意気、清潔で平和な俳風は、いま読んでも新鮮なものがある。

 これらの句を、俳諧者流の「月並」と一概に否定すべきではない。彼らの句に俗臭を感じる時、そこに近代を経てきたわたしたち自身の心の曇りや歪みがないと言い切れるだろうか。宗匠たちもまた俳句を愛し、日々俳句に向き合っていたはず。同じく俳句を愛する者として、彼らの句の豊かさに心を通わせてみたい。

 正岡子規が俳句革新に動き出す前に、月並宗匠の俳句をしっかり学んでいたことは大きな意味を持つ。高浜虚子たちの月並研究は、「月並」の意味と内容を研究し、その当時の俳句にも反省を促した点で興味が尽きない。現代の新しい月並研究が行われてもよい時機ではないか」。

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「江戸以来の俳諧に遊び、滑稽に命をかけようという心意気、清潔で平和な俳風は、いま読んでも新鮮なものがある」として、「現代の新しい月並研究が行われてもよい時機ではないか」と書き連ねる。その通りで筆者は快哉を叫びたい思いである。ただ「正岡子規が俳句革新に動き出す前に、月並宗匠の俳句をしっかり学んでいたことは大きな意味を持つ。高浜虚子たちの月並研究は、「月並」の意味と内容を研究し・・・」という件は必ずしも首肯できない。

子規の提唱する俳句革新は写生を基本とするリアリズム運動なので、対峙する単なる鉾先として月並俳句を排撃したのではないか。「卑属・陳腐・小理屈・駄洒落・滑稽・擬人法・穿ち・謎・感性よりも知識を重視・理知的・新奇を嫌う」等を月並調というが、これら作品には筆者の読むかぎり駄作もあれば、西洋詩のレトリックにつながる斬新な萌芽を窺う作品もある。それら文芸文学の深遠さを洞察する力を持ち合わせていただろうか。子規はアジテーターなので主義主張を鵜呑みにできない部面もある。

ところで「月並派」の例句として挙げられた阿心庵雪人は、なんと筆者が初学に出会った俳人である。雪人は姓を小平といい、諏訪市湖東の生まれで慶応義塾の福沢諭吉に学び、芭蕉の俳風の正統を伝え、自らは風流風雅をモザイクのように織りなす俳諧(俳句)の麒麟児と評された。東京日日新聞の俳句欄やローカル紙の南信日日新聞の俳句欄の選者だった。十三歳頃からと思うが、筆者は南信日日の俳句欄へ投句した。葉書に数句書いて応募するのだが、とにもかくにも添削されて原作の跡形もなく、季語が残りゃいいや、という感じ。それでも入選し名前が載るので数年つづけた。

河童庵硯水は甲州街道20号線沿いに住むが、阿心庵雪人は脇道一本隔てた約100mの至近距離に住んでいた。一投句者ゆえ門を叩くこともなく、今年は没後66年になるという。「俳諧の腹調へん」は「整へん」の漢字ではなく「調へん」であるのは、「きちんとまとまった状態や形になる。調和がとれる」意味と『小学館デジタル大辞泉』に載る。「河豚汁(ふぐとじる)」を美味しく頂くためにも、我ら「詩あきんど」は「俳諧の腹」をしっかりと調えようではないか。(2024/02/14)

 

920『第11Web句会』

俳誌『詩あきんど』の「第11回Web句会」の結果が発表されたので「自句自解」と、今回は「他句自解」についても書いてみたい。

  われとわが心のよどみ掃き納む 硯水

課題は「掃き納め」。「心のよどみ(淀み)」は「心の穢れ」「心の芥」などと迷った挙句に決めた。俳句は一人称なので「われとわが」は必要ないが、古歌に「朝夕は我とわが身を諫(いさ)めても」があり、自ら進んでという語意を強調したく措辞した。結果は1点入った。

  爺ちゃんのトリセツ孫に教えられ  硯水

因業(いんごう)な爺ちゃんの取り扱いは孫が上手。トリセツ即ち「取扱説明書」は、テレ朝の情報番組や西野カナ唄う風刺のきいた歌詞が流行った。川柳もどき。これも1点。

水の流れに例える「心のよどみ」は抽象的だった。「われとわが」は表現の強調が裏目にでてしまったか。人間を「トリセツ」する可笑しさは市民権不足かもしれない。点数の多寡、多くても少なくても教えられることが多い。

次は「他句自解」について・・・

  備長炭くすぶる兄をけむに巻く  美也比

「備長炭」は炭の一種で紀伊国田辺の商人の略称であり、樫の木を炭化したもので煙が少なく雑味がなく、炭火焼きのうなぎや焼き鳥によく使われる最上級品。叩くとキンキンと美しい高音を発することも得難い。

「けむに巻く」とは気炎をあげて相手を戸惑わせることだが、「くすぶる兄」に対して擬人法で「弟が備長炭」という比喩の筋立てをたて、兄より優れた学才で兄を「けむに巻く」のだろう。「備長炭」「くすぶる」「けむに巻く」と炭に関する「縁語」だけをならべ、鈍才&天才の兄弟をユーモラスに描き分ける。備長炭が季語であることもうれしい。筆者は◎特選とした。(合計3点)

  風神の袋綻び虎落笛  正之

「虎落笛」は竹垣に冬の烈風が吹き付けて鳴る音をいう。また「風神」は風をつかさどる神。裸形の鬼の姿で風袋をかついで天空を馳せまわる。風袋が綻びた音・・・虎落笛はさもありなん。わが胸にストンと落ちて〇並選。(合計9点)

掃納ジルバじゃなくてルンバです  コワシ

社交ダンスじゃなくて掃除機です。でも両者とも摺り足ステップという近似形で、「ジルバ」と「ルンバ」の「バ」の畳語が快い。古めかしい日本語の「掃納」への強烈な洋風パンチ。比喩も効いて〇並選。(合計4点)

高浜虚子は「選は創作なり」と述べたが、俎上に載る素材を吟味し選句すること、心象を働かせることは創造である。自作では気付けない他者の感性にふれ、共感したり反発したりして俳句の在り方を考え、「自らの俳句道」を探ってゆく。選句は作句に劣らぬ創造であることに間違いない。(2023/12/29)

 

919『オスプレイ・俳句』

  天道虫翅開き飛ぶオスプレイ  硯水

上記は『詩あきんど』48号に掲載された筆者の連作俳句「異化 噓ぴょん」のなかの一句である。

オスプレイは垂直離着陸ができるアメリカの航空機で、約400機が世界の空を飛んでいる。因みにオスプレイの名称はタカ科の猛禽類のミサゴの英語であるが、上昇気流に大羽を合わせて飛翔する美しいミサゴと、航空機の飛び方とには雲泥の差がある。

ところで先だって、鹿児島県・屋久島沖の海に米軍のオスプレイが墜落し8名の隊員の死亡が伝えられた。米軍ははじめ不時着と言い張っていたが後日に墜落と訂正し、製造上の欠陥があったと全機の飛行停止を発表した。

さて話はかわるが、「天道虫」の飛び方は硬い「さや羽」を開いて柔らかい「後ろ羽」を素早く出し、枝先など高いところから天空をめざして飛び立つ。天道、つまり太陽への道を飛ぶことから天道虫という呼称である。

オスプレイの鋭角な巡航方法は鳥類には類例がみられず、昆虫でも翅の開閉などから天道虫がもっとも類似していると考えて掲句を詠んだ。しかし実は飛行方法は似て非なるもの、「噓ぴょん」というわけだ。天道虫は垂直離着陸などできず、自然界の道理原理から不可能である。オスプレイは落ちるべくして落ちたのだ。

潜水艦は鯨の姿形や生態が原型といわれ、「迅鯨(じんげい)」は大日本帝国の潜水母艦の艦名である。銅板を帯状につなぎ合わせ輪にして駆動輪で廻すキャタピラーは、百足虫を原型イメージして製作されたものといわれる。

航空機や潜水艦に限らず、われわれ日常生活で使われる道具や器具のほとんどが動物・鳥類・昆虫など生物の姿態や生態がその原型という。カマキリから鎌(かま)、ハサミムシから鋏(はさみ)、サメの歯並びから鋸(のこぎり)、スカンクから毒ガス弾・・・

生きとし生ける物によって生かされ、殺されもされる今日この頃の世界である。(2023/12/15)

 

918『詩あきんど52号・画家抄』

画家抄   矢崎硯水

北斎龍天に登るや髭ぴんと

逆廻りダリの時計の遅日かな

ユトリロの街はデジャブの夕霞

野路駆けよ魁夷の馬のおぼろいろ

瓶底メガネの志功が睨む虻の尻

風死んで虹も汚れし ゲルニカ

シャガールの騾馬裏返り汗みどろ

江戸前の寿司が旨えと写楽顔

若冲の鶏よ銜えてみみず振れ

向日葵は日を追いゴッホ何悩む

千草咲く限りクリムト 接吻す

深水のおんなはらりと捨て扇

林檎ころがり セザンヌの静心

世は釣瓶落としムンクの叫びかや

渡し場の紅葉且つ散る玉堂よ

夢二描くへっつい猫の女にゃー

耳飾りの少女振り向き日脚伸ぶ

竹馬が跨ぎゆく大観の富士

枯蓮の乱れみだれモネが死ぬ

逝く年やモナリザの眼の黄金比

      「留書」

俳句は一句と数え、絵画は一幅と数える。俳句は言語を用いて表現し、絵画は絵筆を用いて表現するという違いはあるが、同じ芸術のフィールドにあるように思える。

(ここでは水彩画・油彩画・彫刻・オブジェなどすべてを括って)絵画とはわれわれが「見る」ことから始まる制作である。先ず視覚がとらえ、意識をめぐらせイマジネーションを膨らめて琴線に触れる。他方で俳句はわれわれが「見る」「読む」ことから始まり五・七・五の言語を視覚でとらえ、語音を聴覚でなぞりながらイマジネーションを膨らめて琴線に触れる。

絵画と俳句は動画とか朗読などのように景色や筋書きが千変万化するものではなく、エンターテイメントでいう瞬間芸であり、「一回こっきり」の芸術である。それゆえに画面や文面に手品が仕掛けられる。俳句については「言外の含意」「言外の趣」「言外の余韻」など言葉の裏に隠された意図をいうが、絵画にも「画外の意味」「画外の情景」「画外の余情」という表面に表れない作者の意図があるだろう。

寺田寅彦著『自画像』にこんな件がある。「セザンヌはやはりこの手品の種を捜した人らしい。・・・同じ「静物」に百回も対したという気持ちが自分にはわかりかねていたが・・・思うにセザンヌには一つ一つの「りんごの顔」がはっきり見えたに相違ない」。

古今東西の名の知れた画家、あるいは画題を採り上げて季語を配してみた。季語により画家や制作の印象を高めたり批判したり諧謔に遊んだりもした。それぞれの季語に対してロシア・フォルマリズムの芸術説の一つの、「日常見慣れた表現形式に或る「よそよそしさ」を与える「異化効果」の役割を委ねたのである。とまれこうまれ、画家たちの「手品の種」を探す二十句だった。

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以上は俳誌『詩あきんど』52号「詩あきんど集1」から転載した。なお体裁上「留書」を加筆した。

連作とは「文芸・美術などで、同一のモチーフやテーマを追求して一連の作品を作ること」と『広辞苑』に載っている。加えて筆者の考える俳句における連作とは、二十句なら二十句で一編の作品であるという概念である。

「画家抄」二十句詠は四季を一季五句ずつに振り分け、春は「髭ぴんと」「野路駆けよ」と杳然(ようぜん)と穏やかに治(おさ)め、夏は「ゲルニカ」「みみず振れ」と厳しい死生観で暴れ、秋は「接吻」「林檎ころがり」と恋愛と豊穣をうたい、冬は「へっつい猫」「枯蓮の乱れ」と滑稽と終章の調べに乗せる・・こうして演劇や音楽や連句でいうところの序破急となる。

日本や西洋の画家や画題をランダムに並べ、敢えて異質な季語や違和感のある季語を織り込んで読み手の芸術観を皮肉り揶揄する。筆者好みの画家や画題を選んでしまったが、たとえ有名な絵画であっても理解が得られない懸念もあろう。その点である意味「長句だけの連句」と捉えて貰ってもかまわない。そんな心境である。(2023/11/27)

 

917『地球ころがって・俳句』

俳誌「詩あきんど」の「第10回Web句会」の互選で筆者の次の俳句が1点の得点をえた。わずか1点と思われるかもしれないが筆者には勇気百倍、この上なき貴重な1点だった。今回は自句自解ならびに関連する事象や例句を書いてみたい。

  地球ころがって団子虫なり  硯水

筆者の少年期、夕刻のラジオからは川田晴久とミルク・ブラザースの『地球の上に朝が来る』が流れた。ノイズの多いラジオに耳をすりつけ夢中で聴いた。「♪地球の上に朝が来る その裏側は夜だろう 西の国ならヨーロッパ 東の国は東洋の 富士と筑波の間(あい)に流るる隅田川・・・」

地球には表と裏があり朝の裏側が夜という、何たる分かりやすい球体だろうか。ガリレオ・ガリレイが地動説を唱え、カトリック教会から有罪判決を受けた時代は天動説が主流だった。後世には地動説が一般常識となったが、筆者は敢えて一般常識に異を唱える「スタンス」を堅持しようと思った。いうなれば「文学的レジスタンス」だ。

少年期をすぎて地球自転の速度が約1700キロと知ったが、人間や動物はなんで球体から滑り落ちないのか。1700キロでどうして山崩れや河川の氾濫が起きないのか。むろん科学的根拠は認識のうえで、われわれの肌感覚が感じる矛盾や違和やずれを文学表現しようと考えたのだ。

見えない宇宙、そして宇宙のなかにある地球。われわれ動植物に及ぼすかずかずの奇異な現象の文学化。そんなテーマを筆者は抱え込むようになった・・・

  寝袋を銀河の向きに合はせけり

  ピテカントロプス歩くや地軸踏み

  凍て土の反りは地球の腓返り(こむらがえり)

  スケボーでえいと地球を蹴っ飛ばす

  釣瓶落としのわが身 地球の裏側へ

  独楽澄むや地球の芯を探り当て

  バック転宇宙見て来たつもりなり

  大百足虫よろけないぞ 天動説

  エルニーニョの温暖の海炎なす

  地球のストレスならん活断層

  天界の大工が建てし蜃気楼

  お借りした地球を返し礼言うて

      銀河鉄道に乗って逝きたし

  風花は三十一文字の草書にて

      高天原の歌会たけなは

以上は「芭蕉翁顕彰大会入選」「おーいお茶受賞」俳句、「朝日新聞全国版歌壇」入選短歌、加えて未投稿の作品をランダムにUPした。

掲句の「地球ころがって」「団子虫なり」は句跨りをいとわず一句二章、伝統俳句へのレジスタンスとして15音にまとめた。15音は初の試みであるとともに、地球の昆虫化という比喩の先鞭ともなった。(2023/11/18)

 

916『老残の・俳句』

俳誌「詩あきんど」「第10Web句会」(購読会員)において、筆者の次の俳句が互選で10点を得て一席となった。その俳句と自句自解を書いてみたい。

  老残のハートブレーク破れ蓮  硯水

「老残」とは「老いぼれて生き残ること」をいい、「―の身をさらす」などと形容する。「ハートブレーク」は「悲嘆・傷心・失恋・心臓の破壊」などの意味に訳される。「破れ蓮(やれはちす)」は「秋も深まり風に吹かれて破れ、無残な姿になった蓮の葉」をいう晩秋の季語である。

この俳句の語意の流れは「老いぼれてなお生き残り、悲嘆にくれる心境は、破れて無残な姿となってしまった蓮の葉」のようなものだとなる。老いの無常の姿を破れた蓮の葉に置き換え形象化する。いうなれば蓮の葉の景色が「心象風景」なのだ。語意の流れが読み手の胸にストンと落ちるので高点になったのだろう。

種明かしをすると・・・俳句は短詩ながら推敲に意外と悩むもので、中七「ハートブレーク」下五「破れ蓮」は固定していたが、上五はさんざん苦悶した挙句「老残」とした。老残という敢えて古い日本語を用い、「の」の格助詞をもって一気にハートブレークという英語につなげた。こうして「和洋折衷の十二音」が俳句フォームへと放り込まれ、下五とドッキングすることとなった。「老残」と「ハートブレーク」という和洋の近似の言葉を用いて意味を重複、ダブリングさせたところがミソである。

『去来抄』に「切字に用ふる時は四十八字皆切字なり」とあるので、「ハートブレーク」で切れると考えた。(余談だが俳句や七五調の演歌の歌詞は、音数制限があるゆえ漢字への格助詞を省くが、そのぶん読み手や聴き手が「頭で格助詞を付けて」鑑賞する。頭のなかで文法を守るのだ)

「ハートブレーク」は「ハートブレーク・ホテル」を起想させる。1956年にエルヴィス・プレスリーが発表したシングル「ハートブレーク・ホテル」は全米一位をヒットチャートした。その後ハートブレークという言葉は、ハートブレークダンディ、ハートブレークカフェ、ハートブレークアンティークなどの新語や風潮を生んだ。21歳の筆者をゆさぶったエルヴィス・プレスリー!・・・

作句することを吐くとか捻るとかいうが、簡単に十七音になって捨てたもんじゃない句もあれば、苦吟に苛まれての迷句もある。掲句は苦吟だったが読み手の心理や意識を探りながらの作句は楽しくもあった。俳句っていいなあ!(2023/11/10)

 

915『水あれこれ』

「水」「記憶する物質」であるという説が急浮上している。それは「水の三態」一つである「水蒸気」を、さらに加熱し続けると「プラズマ状態」へと変化するという。 

しかも宇宙物質の99%はプラズマの状態。そこで「フト」思うに、地球を取り巻く「バンアレン帯」電離層には、プラズマ状態基本的つの振動があり、くべきことに、それが通常の同期し、脳波として測定されているという事実がある。

とくにミッドアルファ7・8Hz「閃き」に関与しているのではないかという。さらに細胞の一つ一つにも水分が含まれていますし、人の身体の60~70%は水分である。これからはこの「水」に焦点が当てられる時代が来るのではないか。

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以上は佐野典比古さんのブログ<新『詩あきんど』>から抜粋して転載した。俳誌『詩あきんど』51号の「詩あきんど集1」の俳句「記憶」の「留書」を転載したものという。「水・まつり・あなたの思いで地球の環境と水を守り世界をより良く変えてみませんか?」と掲げる「世界水まつり2023in阿蘇」に共感されてのコメントであろう。

人間にとって水は絶対必要なものであり、水分の違いはあるが「母体の羊水」から「末期(まつご)の水」まで、誕生と臨終の「人間の始終」にかかわっている。そんなことから水に関する慣用句や俚諺はすこぶる多く、「魚心あれば水心」「魚の目に水は見えない」「我田引水」「山紫水明」、新しいところでは「水と空気と平和はタダ」などもある。

筆者に関係するところでは、百人力と称される河童の皿の「力水」があり、黒田如水「水五訓」の「常に己の進路を求めて止まざるは水なり」もあり、ホームページ表題を水にちなむ河童から『河童文学館』と決めた所以だ。そして俳号「硯水」の下の字も「水」である。

筆者少年のころ俳号を自ら考えていた。夏目漱石が好きで冬芽笑石、此出よしと(矢崎義人をもじる)など考案したが苗字だけは変えるなと親父に諭され矢崎硯水に決めた。矢崎はエッジの効いた「矢の先」がイメージでき、「硯」は文房四宝の一つであり、偏と旁で「石を見る」そして「水」をプラスして石庭や箱庭を思わせ、哲学っぽく分析学っぽいところが気に入った。

「硯水」の語意がたんに「硯の水」だけでないことを後年知った。「けんずい」と読んで「定まった食事以外の飲食。特に、昼食と夕食の間の飲食」と『広辞苑』にあり、上方語では大福餅やねぶり飴など三時の御八つをいい、大工の隠語では酒をいう。「硯水呑もう」。関西弁では「硯水めっちゃ好きやねん」。・・・酒ついでにいうと、最近神戸に「硯水プロジェクト」が立ち上げられ、灘の酒文化を国内外に発信し神戸が誇る「灘五郷」の発展を手伝うもので、雑誌「硯水」が刊行され英語版もあるという。

ところで佐野硯水という日本画家をご存じだろうか。昭和2年三重県生まれで日本水墨画協会に所属しておられた。「佐野硯水」という姓も名も素晴らしいが、端厳にして軽やかな筆捌きで掛軸「渓韻」(百合あざみ滝」(定価13万)、「金閣寺」(参考上代15万)などがインターネットで販売されている。同名のよしみで朝な夕な拝見している・・・いつのまにやら話が逸れてきたのでこの辺で擱筆する。(2023/11/06)

 

914『忘れ得ぬ人たち()

小説・現代詩・俳句・連句など文学&文芸を通じ、筆者にとって忘れ得ぬ人たちのことを書いてきた。これまで野間宏、宇田零雨、冨田一青子、牛山悦男、土屋実郎、宮下太郎、等々の諸氏を採り上げてきたが、今回は佐野典比古氏にご登場願いたい。

典比古さん(こう呼ばせていただく)は2011年から筆者運営のホームページ『河童文学館』の、「かっぱ句会」「楽楽連句」に恋蔵の俳号で参加された。連句の付合でいえば個性的な独特な句を付けるわけではないが、前句にさり気なく打ち添って鮮やかに視界を拓く手腕があった。ご自身のブログによると昭和25年生まれの73歳。虎年。神奈川県は藤沢市にお住まいで俳歴は通算22年。68歳のとき『樹木葬』出版。俳人協会、現代俳句協会、俳句美術館会員とある。

筆者は2015年頃と記憶するが、二上貴夫主宰の俳誌『詩あきんど』の購読会員になった。そして主宰の貴夫先生が「俳句&連句」を旗印にかかげることを踏まえ、典比古さんに会員になって貰うべく紹介したのだった。さきに典さんは昭和25年生まれの干支は寅年と書いたが、筆者は昭和10年生まれの亥年で、15歳ちがいの「寅と猪」であるが、何故かしらねど「馬が合った」。忘れそうになるとメールがきたり、大した用もないのにメールを出したり、お互い演歌が大好きで典さんは「上海帰りのリル」を歌唱して入賞したことがあるとか、筆者は筆者で田畑義夫の「大利根月夜」や、ぴんからトリオ「女のみち」などのド演歌をユーチューブで朝な夕な視聴していると伝えたり。 

二人に共通する宿痾の苦しみである、便秘や頻尿の回数や薬効についても嘆き合い情報交換もした。「がんこな便秘薬には「スイス民謡」が効くらしいよ、ヨーデル!」。まるで小屋掛けの漫才もどきだが、演歌や演芸などの歌詞や台詞の裏側にはフロイトやカフカの言葉が浮かんできて俳句や連句のヒントになるとか、ならぬとか・・・

筆者がよく引用する、ロシア・フォルマリズムの芸術説の日常見慣れた表現形式に或る「よそよそしさ」を与えることによって異様なものに見せ、内容を一層よく感得させようとするものという「異化効果」についても、典さんもずっと以前から関心を持たれていたという。流行歌や漫才などエンタメに興ずる合間に文学論が交わされるのも「俳諧の友」なるかな。

『詩あきんど』の会員となった典さんは水を得た魚で処女句集を上梓し、あっというまに編集長になられ八面六臂の活躍。また「新『詩あきんど』」というブログを開設して俳誌の情報を発信し、筆者の投句&留書を10数回にわたってUPしてコメントしてくれる。実験的な連作や、従来の俳句にはない未開拓な荒野にも興味を示され、方向性や世界観に共感してくれるのが何よりも励みになっている。『芭蕉翁献詠俳句』の連句部門において、筆者との両吟が筆者捌と典比古捌が2年連続入選した。嬉しい限りである。

「生典さん」とは御目文字したことがないがリモート句会では接点があった。演劇を嗜まれ最近では落語の稽古もされている由にて、演劇の写真を拝顔すると決してスターではないが苦み走った演技派のおもかげをとどめる。典さんは長年に渡り障害者をマンツーマン支援されておられ、筆者は一種一級の障害者なので筆者がときどき「イメージ支援」されているような不思議な感覚がある。フロイト提唱の「前意識」の働きだろうか。「ありがとう、典さん」。

「忘れ得ぬ人たち」は鬼籍の人や疎遠になってしまった人を採り上げてきたが、典比古さんとは現在進行形のバリバリの現役だ。「忘れるどころでない人」である。(2023/10/31)

 

913『「この秋は」補遺譚』

わが俳諧の友である佐野典比古様に、芭蕉翁献詠連句の捌をお願いしたのは7月初めだったろうか。脇起半歌仙なので芭蕉発句であり、「この秋は何で年寄る雲に鳥」が立てられメールで送られてきた。この句は芭蕉の辞世「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」よりも辞世に相応しい絶吟といわれ、名句であるが老化を嘆くすさまじい述懐である。

芭蕉没年50歳、筆者生存87歳。江戸時代から令和と時を隔てて生没の「37年の年の差」について・・・筆者は「何をしてきたのか」「どう考えたらよいものか」と。芭蕉の絶吟を発句に立て、「命のあり方、生き方のあり方」に対する熟考のヒントをくれた典さんの心持ちを有難く享けとめたのだった。

詩人の萩原朔太郎著「この秋は・・」『評釈』の書き出しの部分を引用する。「老の近づくことは悲しみである。だが老年にはまた、老年の幽玄な心境がある。老いて宇宙の神韻と化し、縹渺の詩境に遊ぶこともまた楽しみである。

空には白い雲が浮び、鳥は高く飛ぶのであるけれども、時間は決して人を待たず、自分は次第に老いるばかりになってしまったといふ詠嘆である。」(後略)

「老年にはまた、老年の幽玄な心境がある。老いて宇宙の神韻と化し、縹渺の詩境に遊ぶこともまた楽しみである」という件(くだり)に慰撫され勇気づけられる。そして萩原朔太郎の『評釈』によって「この秋は」の俳句が悲嘆の述懐だけでなく、「幽玄な心境」や「宇宙の神韻」という世界と表裏一体となっていることを悟らされる。

脇起半歌仙「この秋は」の巻の挙句は「牡丹雪散りうごき出す鯉」。牡丹雪の華やぎ、動き出す鯉の姿には新しいイメージが浮かび上がる。

「挙句は発句と一脈通じることをよしとする」は、筆者の俳諧の宗匠であって宇田零雨師の教えだった。「雲に鳥」「うごき出す鯉」という乾坤(けんこん)、それを結ぶ「牡丹雪」の措辞は一脈通じるものを感じさせられる。

芭蕉翁献詠連句応募に昨年は筆者の捌が入選、本年は典比古様の捌が入選となり何とも嬉しい限りである。折しも今日は芭蕉忌である。

なお本号のタイトルは『「この秋は」後日譚』だったが、後日譚(ごじつたん)ではなく、内容に打ち添った「補遺譚(ほいたん)」と差し替える。(2023/10/12)

 

912『脇起半歌仙「この秋は」の巻』

脇起半歌仙「この秋は」の巻  佐野典比古捌

この秋は何で年寄る雲に鳥        芭蕉翁

 煉瓦の壁を攀じ登る蔦       佐野典比古

観月の宴の笛の届くらん        矢崎硯水

 踊る所作する姿見の前         典比古

膝に乗る猫を撫でれば思い出し       硯水

 誰かどこかで嚏一発            同

新調の外套を着る夕時雨         典比古

 眴せしつつタラップを降り         同

誇らかに揺らす髑髏のイヤリング      硯水

阿呆陀羅経の元教祖とか          同

いなさ吹き舫を繋ぐ老漁師        典比古

味噌を肴に冷酒を注ぎ           同

河童忌の月は夜更けて黄に濁り       硯水

ロ軍ウ軍の止まぬ戦い           同

島山のさてこれよりは峠道        典比古

湯船でほぐす旅の疲れを          同

俳席を待つばかりなり花の宿        硯水

牡丹雪散りうごき出す鯉         執筆

令和五年七月五日起首 令和五年七月十六日満尾

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この秋は何で年寄る雲に鳥

煉瓦の壁を攀じ登る蔦

★元禄7年9月26日芭蕉最晩年の大阪における作で、「旅懐(りょかい)」の前書きがある。旅懐とは旅人の心、旅に出ていて起る思いをいうが、「この秋は何で年寄る」と図らずも口をついて出てしまったような俗語を用い、病気に苦しむ己が身を詠嘆する。

★煉瓦造りの建物の壁を攀じ登ってゆく蔦。蔦は新芽を伸ばして這いまわり、物に絡みつく蔓性植物で三秋の季語。表向きは叙景であるが、芭蕉の生きる執念を蔦の絡みつく性質に形象化して「発句&脇」の見事な呼応を示す。

誰かどこかで嚏一発

新調の外套を着る夕時雨

★しみじみと述懐する発句を除き「観月の宴」「踊る所作」「膝に乗る猫」と穏やかな表振りを治めてきた。折端のここでは折立を拘束しない「誰かどこかで」と、「嚔一発」で俳諧味を引き出す企み。

★「嚔」を受けて風邪を引いてはならんと身構え、外套を羽織る人物を登場させる。「新調の外套」が新しい流れを誘う役目をになう。「夕時雨」に風情あり。

眴せしつつタラップを降り

誇らかに揺らす髑髏のイヤリング

★ジャンボ機が到着し、空港のタラップを真新しい外套を羽織った者が降りてくる。タラップを降りざま出迎えの人らに「眴せ」、即ちウインクを送る。「新調の外套」→「眴せ」という恋の呼び出し。余意余情の「移り」付け。

★誇らかにイヤリングを揺らす。イヤリングは髑髏仕立て。「眴せ」→「髑髏」はロッカーかパフォーマーなど芸人を思わせ、暴れた恋で純情派との差別化を図る。「ストーリーなき筋書き」の連句ワールドの波瀾万丈が待たれる。

味噌を肴に冷酒を注ぎ

河童忌の月は夜更けて黄に濁り

★「味噌を肴」にグビグビと冷酒を呷る。老漁師の暮らしぶりや気取らない人柄がにじむ。「老漁師」=「味噌を肴」は人柄という点での「位」付けだろう。

★折しも今日は芥川龍之介の忌日、河童忌。番屋でたらふく酒を酌んで酔い痴れ、夜更けて見上げる月は薄汚れて黄色く濁る。色彩心理学では、黄色は洋の東西を問わず幸運慈悲&裏切り排斥の反面性ありとされる。

ロ軍ウ軍の止まぬ戦い

島山のさてこれよりは峠道

★ロシア軍のウクライナ侵攻、戦況は一進一退で和平には程遠い。ロシアの核の脅しに対抗する西側諸国の支援頼みのウクライナ。「濁る月の禍々しさ」→「止まぬ戦い」という起想は「移り」付けというべきか。

★「島山」は島にある山、全体が山である島をいう。当然険阻であり「これよりは峠道」は、ロ軍ウ軍が地続きということから陸軍の進軍がイメージされる。「響き」付け。

俳席を待つばかりなり花の宿

牡丹雪散りうごき出す鯉

★降物、妖魔、釈教、酒食、人名、時事など序破急の「破」を治めて「花の宿」となる。瀟洒な宿屋で折からの俳席の開催を待つばかり。『風姿花伝』に「花を賞玩せん」があり、花の語だけで賛意の意がある。芭蕉と顕彰大会への応援歌だ。

★庭園の池には大きな緋鯉真鯉がゆうゆうと泳ぎ、天空から牡丹雪が華やかに舞い散る。鷹揚にしてゆるぎなく執筆の筆が擱()かれた。

「追記」多くの両吟は各自「一句ずつ」付け合うが、折端から「二句ずつ」と決めたのは、各自が付合の独自性に深く踏み込みたいと思ったからで俳諧道に句数の縛りはない。

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この度の令和5年度(第77回)芭蕉翁献詠俳句大会の連句部門において、佐野典比古捌の脇起半歌仙「この秋は」の巻が入賞した。この両吟作品の連衆である筆者が「ランニングコメント」(走り書き評釈という筆者の造語)を書かせていただいた。(2023/10/09)

 

911『寝袋・俳句』

  寝袋を銀河の向きに合はせけり  義人

令和5年度(第77回)芭蕉翁献詠俳句大会において、筆者の上記の俳句が入選した旨の通知がきた。10月12日の芭蕉祭に併せて伊賀市上野公園の俳聖殿広場で行われる大会の歴史は長く、一般の俳句、テーマの俳句、学童生徒の俳句、英語俳句、連句などを募集する。筆者は連句は毎年応募していたが俳句は今回初めての応募だった。

昨年の資料をみると一般の俳句は約9800句の投句があり、15名の選者がそれぞれ特選2句,入選20句を選んで賞状が贈られ特選には副賞が付与され式典で表彰される。

一般俳句の場合は選者を選ぶことができるので、筆者は宮坂静生先生を指定した。宮坂先生は信州大学名誉教授。国文学者。松本生まれの俳人で俳誌「岳」を主宰する。

さて掲句について。「寝袋」はシュラーフザックともいい、羽毛や化学繊維などの保温材を中綿とする携帯用の寝具で、登山やキャンプに用いる。最近ではヒッチハイクやバックパッカーの必須アイテムなんぞといい、古来の風流人が風雅を愛でる街道ひとり旅の、野宿や旅寝や草枕とはイメージを異にするようだ。

上記の俳句を自ら解釈すると・・・小高い高原のキャンプ場の一隅を借りて寝袋を広げる。折しも天空には銀河が燦然ときらめくので、寝袋を円盤型の銀河の向きに合わせて足を入れる。目をつむると宮沢賢治の「銀河鉄道」や、自転車を漕いで月をめざす映画「E・T」がゆきすぎ、芭蕉の「荒海や佐渡に横たふ天の河」が俤(おもかげ)となる。

こうして銀河と寝袋・・・25800光年の距離にある銀河と寝袋()が向かい合うことになる。この二者がたまゆら、ベストポジションを得て心行くまで打ち添うのだった。二者を結び付けるものは宇宙の「気」であり、「気」とは「天地間を満たし、宇宙を構成する基本と考えられるもの。また、その動き」「生命の原動力となる勢い。事に触れて働く心の端々」と『広辞苑』に載っている。

銀河はきらめき、遥かなる光年を隔てて小高い高原のキャンプ場の一隅に寝袋はあり、寝袋には「私」がいるという自句自解である。(2023/09/13)

 

910『レームダック長寿御祝』

先ずは言葉の解説からはじめよう。

「生体(せいたい)」とは生きているままの体をいい、生き物の体をいう。「死体(したい)」とは生き物が死んで生命活動ができない状態をいい、「生体」の対義語である。

これとは別個に「死に体」という言葉があり、英訳では「レームダック」となる。「死に体」は相撲用語で体の一部は土俵に残るが、バランスを失って堪える余裕のない状態をいう。いっぽう「レームダック」は足の悪いアヒルを比喩する米国発祥の言葉で、死んだも同然の役立たずの大統領や組織の最高責任者をいう。役立たずの落伍者状態という言い方もあるようだ。

話はがらっと変わるが、筆者は一種一級の障害者で家人も四級ながら障害があり共に八十数歳の老いぼれ。ところが六月十三日に家人が脊椎圧迫骨折で救急搬送され即入院となった。

あれから約三か月。筆者の食事はヘルパーさんの世話になっているが、玄関やガラス戸の鍵の開け閉め、コープやアマゾンへの食料品や薬品の手配、衣類の洗濯用意、資源物や燃やすゴミの分別などしなくてはならない。座ったままで出来る仕事はすべきだが、体のあちこち痛くて腫物もできて難儀。いうなれば筆者は役立たずのアヒルである。

言葉の解説で「生体・死体・死に体」の三パターンを挙げたが「死んだふり」が残っている。里山などで熊に出遭ったら死んだふりをすれば助かるという里山伝説がある。「死んだふり」は擬死(タナトーシス)といって哺乳類や昆虫によく見られるが、「死んだふり内閣」、「死んだふりをする妻」なんぞの日本映画もあって比喩的に使われるフレーズ。

幸い筆者も哺乳類なので死んだふりをして諸々の家事から解放されたいものと、ごろりと倒れ込んだら玄関のドアフォンが鳴った。なんだろうと思ったら民生委員のK氏がのっと現れ、

「おめでとうございます。諏訪市からの長寿御祝を差し上げます」と熨斗袋をいただく。帰ってから封を切ると「祝 米寿 敬老の日にあたりご長寿を心からお祝い申し上げます 今後ともおからだをいたわりお元気で過ごされますようお祈り申し上げます 九月吉日」の文面と壱万円が入っていた。

「おからだをいたわれ」と言われているのに「死んだふり」はいけないよね。壱万円もらったし・・・(2023/09/10)

 

909『お岩さん「顔認証・・』

手続きのため市役所や銀行の窓口にゆくと、必ずといってよいほど「本人確認」が求められる。本人である私が「私は何野誰兵衛(なんのたれべえ)です」と繰り返しても、相手は「身分証明書ありませんか。パスポートとか運転免許証とか」と畳みかけられる。本人のいうことが信じて貰えず、「証明書」によってしか「私」が「私である」ことが承認されないのだ。

生体認証(バイオメタリックス認証)という認証方法がある。人間の顔や指、虹彩(目の水晶体の膜)、脳波、果ては体臭や歩行までも認識し特定し個体識別される時代になった。パスワードやIDより使い勝手がよく、アンドロイドに登録すればスマホの操作などが屁の河童、銀行ではお金がジャラジャラと引き出せるらしい。

詐欺がらみのなりすましで変顔をしたり、虹彩の魅惑のウインクを送ったりしても生体認証は騙されないという。そういう利点の他方で、登録者の老化によって生体の識別ができなくなりお手上げになる事例もあるとか。「生体」はいつか「死に体(レームダック)」になるのが生きとし生けるものの宿命だ。

さて第9回「詩あきんど」Web句会に於いて、筆者の次の俳句が互選で6点を得たので紹介し、併せて自句自解を書いてみたい。

  お岩さん「顔認証は止めとくれ」

お岩さんとは、歌舞伎脚本『東海道四谷怪談』に登場する妻女の名前。この怪談噺は世話物で文政八年初演、塩冶浪人民谷伊右衛門が私欲に迷って妻お岩を憤死させ死骸を川に流したが、その亡霊に悩まされて自滅するという筋立てで鶴屋南北の代表作だ。

『東海道四谷怪談』は大当たりの興行となり歌舞伎のほか後年には映画にもなり、葛飾北斎の『百物語お岩さん』という幽霊画も大評判となり後世に遺っている。

伊右衛門に騙されて毒殺され、恨み百倍で目ん玉飛び出すお岩さん。わちきの壊れた顔を都市銀行なんぞの「顔認証」に使うのは止めとくれ、というのが句意である。お岩さんは美形だったそうで、女心が窺えて哀れ。

ちなみに「お岩さん」は季語ではないが、「お化け屋敷」「百物語」という夏の季語があり、お盆興行の「四谷怪談」「幽霊」がイメージされるので、夏の「面影季語」に認定されてよいだろう。

煌めくような現代科学(ニューサイエンス)の「生体認証」に対して、おぞましいお岩さんの「お化け顔」を突き合わせる。皮肉と揶揄を込めた「文明批評」をめざす俳句である。(2023/09/03)

 

908『ヌーディスト村へ』

  ヌーディスト村へ着てゆけ燕尾服

この俳句は第9回「詩あきんど」Web句会の互選において3点を得た筆者の作である。つらつらと自句自解を書いてみたい。

「ヌーディスト」とは、衣類を着ないで全裸で生活することを信条とする人種をいう。全裸主義者ともいう。ヌーディストビーチなる言葉もあって、スペイン、クロアチア、ギリシャなどの比較的温暖な地域の小島や湾岸を生活拠点にしている。

ヌーディストの生き方は自由奔放で人間解放、ライフスタイルも拘束しない拘束されない鷹揚さの反面で、自由とか開放ゆえの責任の重大さもイメージされる。

筆者は「ヌーディストビーチ」に変えて「ヌーディスト村」と表現してみた。こうした「ムラ社会」に対して、権威的で生活様式の厳しい現代人のシンボルである「燕尾服」を着てゆけというのだ。全裸主義と燕尾服の突き合わせという、諧謔と皮肉のスパイスをぶち込んだ次第である。

次のコラムに採りあげる、「生体認証」とお岩さんの「醜い死に顔」の突き合わせは文明批評として理解しやすいが、「全裸主義」と「燕尾服」の突き合わせは鉾先(ほこさき)が分かりにくく、文明批評として未熟だったかもしれない。(2023/09/03)

 

907『詩あきんど51号鳥獣戯画』

俳句 鳥獣戯画    矢崎硯水

パセリ食む山羊の不老の爺さん

蛇の道は蛇スマホをぺろり舐め

   青蛙 ひっくり返る死ンデレラ

虎の子をおれおれ鷺に攫われる

豹柄の単衣を着てなんでやねん

AIロボットの念仏 馬肥ゆる

   ゲルニカへ獅子紛れ込む美術展

   豚ならずとんずらならず瓜坊よ

   龍追ってキラキラ星の流れるか

   化け猫が活惚れ踊る新酒ニャー

   垂乳根の母牛ゆらり 初しぐれ

   平安の貂が尾を振りゃ令和かよ

   PayPayを使い梟茶房入り

   狐狸ども核ちらつかせ睨めっこ

   人の世は兎飛びなり 七ころび

   うたかたの亀の看経ありがたや

   狆ころのころころ跳ねる花の頃

   騙し絵の稜線飛ぶや雉けんけん

   猿引きの猿の猿まねをご覧あれ

   獏枕 浅き夢を見し世はいろは

       「留書」

日本人のほとんどが見て知っているであろう「鳥獣戯画」は、紙本墨画の絵巻物で国宝に指定され、日本の漫画文化やアニメーションの嚆矢ともいわれる。

「広辞苑」には次のように載っている。「京都高山寺に伝わる白描の戯画絵巻。四巻。猿・兎・蛙などの遊びを擬人的に描いた第一巻が最も優れる。十二世紀半ばの作とされる

が、第三巻・第四巻は十三世紀に入ってからのもの。鳥羽僧正覚猷の筆と伝えるが確かな根拠はない」。

「鳥獣戯画」は当時の世相を反映して動物や人物を戯画的に描いたもの。第一巻から第四巻まであって絵巻物の長さは四十四メートルを超えるが筆致や画風の違いなどから、来歴不明や制作年代の変遷などミステリアスな部分が多い。それが逆に興味をかりたて公開されると観覧者は引きも切らさず、探究ムックや関連グッズが売れるという。

何よりも見る者の心を惹き付けるのは動物たちの自由闊達な相撲や綱引きなどの遊び、動物でありながら人の表情や動作がユーモラスに描かれ、アイロニカルな視点が冴える。芸術の滋味でもあるナンセンスが快い脱力感を誘ってくれる。余分なものをそぎ落とした単純明快さは俳諧的でもあろう。

「鳥獣戯画」全四巻で動物は空想上の動物をふくめて二十七種類、そのうち鳥類は四種類ときわめて少ない。延べ数だと兎四十一、蛙二十五、猿十六とこの三種の登場がとびぬ

けて多い。ほとんどが戯画的な描写であるが実写的な描き方もなくはない。

画題の動物や鳥類は季語であるものと季語でないものがあり、季語としては不充分ながら、上記の俳句すべてに「鳥獣戯画」の動物を織り込み作句した。二十句と十四語数、即ち20×14が「わが俳諧キャンバス」のサイズである。

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以上は俳誌『詩あきんど』51号の「詩あきんど集Ⅰ」より転載した。なお「留書」はコラムの編集上書き加えた。

「鳥獣戯画」は長らく温めていた題材であり、これまで作句に取り組むことも度々あったが残念ながら頓挫。題材を俳句に落とし込む角度や濃度、つまりは俳句とは何であるかという俳句観が確りしていないと失敗する。

俳句観のバックボーンは筆者にとって「俳諧」であり、俳とは俳優(わざおぎ)、即ち芸をする人、おどけ、たわむれ、滑稽、ユーモア、しゃれ、戯言(ざれごと)とつづく。多くの辞書にはこれらの文言が載るが、揶揄、破礼、批判的思考(クリティカルシンキング)、馬鹿げる(ナンセンス)まで言語の沃野を拡げたいと考えている。「筆者の辞書に不可能の文字はない」のである。

ところで話は変わるが、落語を「落とし噺」、落ちのある噺というように、噺の最後を締めくくる洒落や機転の利いたセリフがあり、これを「落ち」といい、「下げ」ともいう。「落ち」には、考え落ち、逆さ落ち、仕草落ち、間抜け落ち、仕込み落ち、地口落ち、途端落ち、とんとん落ちなど12種類ある。いやいやR大の落研(おちけん)の調べだと48種類あるというのだ。

筆者は「落ち」に詳しくないが、「考え落ち」はよく考えないと意味がわからないこと。「逆さ落ち」は物事が逆の結果になること。「仕込み落ち」は前もって暗示しておかないと理解できない。「間抜け落ち」は駄洒落な言動をすることなどは知っている。

作句は文学文芸を発する発句の試みから初め、十七音を詠んで結句する。発句というスタートがあり結句というゴールがあり、ゴール地点における状況は落語の「落ちそれぞれ」に似ている。表現内容がそれぞれの俳句観に峻別されてゆくのだ。答えが解ってゆくのだ。

このたびの鳥獣戯画二十句は、「落ち」の居心地のよさによって頓挫を免れたのかもしれない。それでは「お後がよろしいようで・・・」(2023/08/06)

 

906『モナリザの黄金比』

第八回「詩あきんど」Web句会に於いて、筆者の次の俳句が投票による互選で8点と、二上貴夫先生の特選2位を得て講評を頂いたので転載させてもらい、併せて自句自解を書いてみたい。

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二上貴夫先生特選2位

   モナリザの視線が捉らふ黄金比  矢崎硯水

「黄金比」とは、人間が最も美しいと感じる比率が「1:,6」、正確には「1:1,6180339887、、、」というように、円周率と同じで小数点以下が限りなく続く比率のこと。トランプは黄金比に沿った比率になっており、縦横のサイズが「黄金長方形」と呼ばれる調和を示している。聖家族贖罪聖堂「サグラダ・ファミリア」も建物全体の高さと幅の長さの比率に黄金比が使われているという。

さて、そこを捉えて作者は、レオナルド・ダ・ビンチの描くモナリザの顔はというと黄金比の輪郭となっており、微笑みのまなざしには美の調和があるのだという。この句は上五・中七を受けて下五がよく働いており、俳句の「座五」が手本になっているので、初心者は味わうと良いだろう。

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以上の貴夫先生の講評で言い尽くされているが、蛇足ながら下世話な情報もならべて自句自解としたい。

「黄金比」とは近似値1:1,618の約5,8の安定的で美しい比率の貴金属比をいい、古代ギリシアでは「神の比」と尊ばれた。そもそも黄金比とは数学、数列、図形など建築および什器のデザインの美しさの比率を表す言葉であったが、美術および絵画の意匠のジャンルへと沃野を拡げていった経緯があるという。

黄金比の解説の事例としてよく挙げられるコンピューターの「アップル」ロゴのりんごについて、単に一部が欠落しているだけのように見えるが、実はりんごの全量に占める「(へっこみ)」が黄金比であるいう。「神の比」を得てアップルは世界制覇したそうな。

黄金比の絵画の事例としてはレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」が挙げられる。モナリザの顔面のタテ1,618:ヨコ1の対比値が美しいという。モナリザが絵画のカテゴリーを越え、広く世界に知られるようになった要因にはタテヨコの「対比美」があるという。

ところで掲句の中七は「視線が捉らふ」。モナリザ顔の「タテヨコ対比値」をそのまま俳句にしたのでは単なる説明に陥るので、モナリザ(彼女自身)の視線が黄金比を捉えていると創作した。視線が何かを見ていて、何かを見ていない。つまり「見ていること」は、「見ていないこと」との割合のよって成立するものだ。「有無の対比値」を黄金比だと言いたかったのだ。それが「謎のまなじさ」だと。

黄金比はそもそも理系の概念を嚆矢とする美意識であるが、文系の概念に於いては古代ギリシアより遥かさかのぼって存在したであろうと愚考する。ただ黄金比という言葉がなかっただけで・・・

そこで文系における黄金比とは何か。「1:1,618」という非対称に安定的な美を見るということは即ち、ある種の欠落偏向を取り込む状態での美意識でもある。日本語には「よい塩梅」「丁度いい」がある。パーフェクトともドンピシャとも少し違って完璧でないところ、片面に偏向歪曲のイメージを抱え込んでの平衡感覚をよしとするのだ。それらの果ては古美術の壺や茶器の欠け汚れ、俳諧のわび、さび、しおりに行き着くのかもしれない。

手頃、頃合、お年頃、一方に片寄り過ぎるとバランスを崩して危うい。昨今では『いい加減くらいが丁度いい』『ちょうどいいブスのススメ』という題名の本が書肆の店頭を賑わしている。筆者は作句にあたり、表現したいことは言外に隠したり、反語に表したりして総ては言い尽くさない。それも言ってみれば「表現の黄金比」かもしれない。(2023/07/22)

 

905『近況片片()

家人が腰痛を訴えたのは3月後半だったろうか。それでも炊事や洗濯をなんとかこなしてきたが、4月29日に我慢も限界にきたようだ。木曽の妹を呼んで介添えをたのみ、日赤病院の急患受付にタクシーを走らせた。(内情を話せば筆者は身体障害者一種一級で87歳。家人は四種二級で82歳)

日赤病院ではレントゲンなどの検査はしてくれたが、市内の整形外科のY医院で治療するよう紹介された。以来Y医院に通院して痛み止めの頓服や座薬を使いながら、漢方医のМ先生にも往診を毎土曜日お願いして針治療を試みた。しかし痛みは引かずベッドでの寝起きや歩行器を使って移動することに苦悶していた。

「痛痒感」には個人差があり「どのくらい痛いのか」と筆者が家人に問う。「松竹梅」で答えよと。家人は絞り出すような声で「松~!」と答える。ずっと以前のこと、高名なコラムニストが細君の病気の痛みを「松竹梅」のランク付けで答えさせたことを朝日新聞のコラム欄で読み、その情報を家人と共有していたので家人の慰みになればと・・・

いっときは「竹」「梅」もあってベッドから起き上がり炊事洗濯を曲りなりにもこなしていたが、とうとう連日「松~!」がつづき6月13日救急車に担ぎ込まれ再び日赤病院へ。即入院という羽目になってしまった。病名は「胸腰椎圧迫骨折」折れた骨が神経に触って痛いらしい。

6月27日、日赤病院から共立病院へ転院。神奈川から息子を呼び寄せ、病人の支度や手続きや支払いなど諸事をやらせた。息子はシフト制の仕事で休めず蜻蛉返り。

家人と筆者とのホットラインは使い勝手の悪いスマホと固定電話だが、スマホの使用自体も大変とか。6月13日以来、筆者の食事はヘルパーの世話になっている。コープから購入の食材を煮炊きし食卓に並べて貰って食ぶる。

4月末からの二か月余・・・筆者の生活の記憶が吹っ飛んだり朦朧態になったり、脳味噌がゲル状なってしまったので時系列で辿ってみた。当ページは筆者の「備忘録」である。

折も折、十年選手だったNECのわがパソコンが壊れた。起動に10分要したり死んだふりをされたり・・・いろいろあったが、うんともすんとも言わなくなったので再び新NECへ乗り換えた。何かが起きると続いて何かが起きる。二度あることは三度ある。泣きっ面に蜂。これは人生最晩年の難所だろうか。乗り越えなくてはならん。(2023/07/02)

 

904『わが街が・俳句』

6月3日付の朝日新聞長野版の文芸欄「信州俳壇」(仲寒蝉選)に筆者の俳句が入選として掲載された。その作品と講評をここに転載し、併せて「自句自解」を書いてみたい。

  わが街が無何有に見ゆるサングラス  義人

仲寒蝉氏「「無何有」は『荘子』に出てくる理想郷で「桃源郷」と言うに等しい。サングラスをかけて見た街の見慣れぬ様子を無何有としゃれてみせたのである」。

無何有(むかう)について『広辞苑』に当たると関連する次の二語が載っている。要約すると「無何有」のページには、自然のままで何ら作為のないこと。そのような楽土とあり、つぎに「無何有の郷」のページには、自然のままで何らの人為もない楽土のこと。荘子の唱えた理想郷。ユートピアとある。

掲句は字余りを避けるため「・・の郷」の文言を入れなかったのだろうが、荘子のいう理想郷、ユートピアを意図しての表現に間違いない。したがって寒蝉氏の解釈の通りである。

「サングラス」は三夏生活の季語で、強い日光の直射を防ぐための色ガラスのめがね。これとは別に「色眼鏡」という言葉もあり、これは色つきガラスを用いた眼鏡をいうが、偏見や先入観や感情に支配されて事物をみるという意味合いを含む。(色眼鏡で見る、など)

これを噛み砕いて述べると、サングラスはちょい不良プラスαの実用品であり、色眼鏡はガラスの色目になぞらえて歪んだ深層心理をいう心理用語でもある。最近はあまり使われないが、色眼鏡はサングラスの傍題の三夏の季語のカテゴリーに入る。

掲句の「自句自解」が、滅多矢鱈とこんがらかってきたが、じつは「自解」のヒントがここにあるのである。

サングラスをかけたら、わが街が無何有の郷ユートピアに見えたというのは表向きの解釈である。この解釈に何ら間違いはない他面で、村社会的なしきたりや洪水などの多い負の問題をかかえ、それを覆い隠す街というイメージがあるという空想のストーリも成り立つ。

ユートピアに見えたのは色眼鏡(サングラス)で見たからですよ、というアイロニー(皮肉)が働くのだ。言葉や表現はうらはらなもので、表裏一体つねに意識させられ、意識しているのだ。サングラスという色覚による非日常への窓が覗けるので、自句自解の「裏向きの解釈」が可能になったといえよう。(2023/06/05)

 

903『蛙鳴き・俳句』

5月27日付の朝日新聞長野版の文芸欄「信州俳壇」(仲寒蝉選)に筆者の俳句が佳作として掲載された。その作品をここに転載し、併せて「自句自解」を書いてみたい。

  蛙鳴き夜々の星空欲しいまま  義人

「蛙」は三春の動物の季語で、傍題には昼蛙・夕蛙・遠蛙・殿様蛙・赤蛙がある。「最もやかましく鳴き揃うのは晩春の交尾期で、雄が雌をよびたてる」と『草茎 季寄せ』に載る。

ちなみに蛙は種類によって夏期でも活発に活動し、青蛙・雨蛙・河鹿・蟇(ひきがえる)は三夏の動物カテゴリーに入る。なお「蛙」の漢字は「かえる」とも「かわず」とも読む。

蛙は両生類の総称であり幼生のオタマジャクシから変態し、世界に二千五百種以上が分布する。多くは肉食で舌を伸ばして小動物を捕食し、美しい鳴き声の種類もある。人間と共生する水辺や田園地帯に生息することから、人間の生活圏に近くて親しい存在となり、田や雨の神と崇める地域もある。おまけに人間のための食用にもなってくれる。

そんなことから蛙に関する慣用句や俚諺はあまたあり、つぎに代表的なものを挙げる。「蛙の子は蛙」「蛙の面に水」「井の中の蛙」は分かりやすいが、「蛙が兜虫に成る」(成り上がること)「蛙の頬冠」(蛙の目は背後にあるので頬冠(ほおかんむり)すれば前方が見えないことから、目先の利かないことを例える)などもある。

蛙の詩人といえば草野心平で、蛙の鳴き声だけで情景や心情を表現し蛙だけの詩集を出版している。蛙の歌の民謡や童謡は日本のみならず、スエーデンやドイツなどでもそれぞれ楽曲されているという。蛙の顔はひょうきんでキャラクターとしても一級品だ。

余計な話ながら、筆者のホームページ「河童文学館」トップページには、垂直に跳び上がる小蛙を追いかけて跳ぶ大蛙の動画がある。これは歌留多「柳に蛙」の逸話で知られる平安中期の書家、小野道風(おののとうふう)の花札をイメージしたもの。

(かえる)は、返る、帰る、代える、還る、孵る、買えるetc.、カムバックとハッピーな状況を表す言葉と同音の名詞。語呂遊びが出来てありがたいではないか。

話が蛙のことに終始してしまった。さて掲句であるが、水辺の蛙と遥か135光年も彼方の空の星・・・蛙は夜々の星空を趣くままに欲しいままにしているであろう。満喫しているであろう。という句意である。(2023/05/31)

 

902『リバーサイドホテルの・俳句』

5月13日付の朝日新聞長野版の文芸欄「信州俳壇」(仲寒蝉選)に筆者の俳句が佳作として掲載された。その作品をここに転載し、併せて「自句自解」を書いてみたい。

  リバーサイドホテルの窓辺柳絮飛ぶ  義人

「リバーサイドホテル」は「ニューヨーク恋物語」の主題歌で井上陽水十八番目の楽曲としてリリースされた。「♪誰も知らない夜明けが明けた時/町の角からステキなバスが出る/若い二人は夢中になれるから()」から始まり、五連では「♪ベッドの中で魚になったあと/川に浮かんだプールでひと泳ぎ()」とつづく。

井上陽水がギターをかき鳴らし、高音の甘ったるい声でありながらアンニュイな情緒を醸し出して独特な恋を物語っている。作詞&作曲とも井上陽水で「ベッドの中で魚になった」のくだりは、若いカップルのベッドでの状況描写として類想もなく、ヴィヴィットな比喩として出色の出来栄えだ。

この楽曲の人気に因んで、リバーサイドという川辺や湖畔のホテルやホステルが日本各地に誕生した。インターネットで検索するとあまたヒットする。

ところで「柳絮」とは、柳の熟した実から飛び出す、綿毛をもった種子のことをいう。中国の北京あたりでは春の風物詩といわれ、李白は「柳の綿毛が風に舞っているという方が、わが心にも涙ふる」と詠み、蘭陵(らんりょう)の美酒を酌むという絶句もある。また柳絮と楊貴妃の取り合わせの詩篇もあるやに仄聞(そくぶん)する。

今は亡きわが俳諧の師の宇田零雨先生に「柳絮飛べど蘭陵の美酒いまありや」という東洋的な異国情緒を漂わせる句がある。先生は酒好きで酒豪でもあった。ちなみに蘭陵は中国に実在する地名で美酒の生産地として知られると辞書に載っている。

さて掲句だが、諏訪湖のほとりにリバーサイドホテルと冠するホテルは存在しないが、そんなイメージを彷彿させる洒落たホテルは二・三軒ある。

そのうちの一軒に筆者は遥か以前に宿泊したことがあった。諏訪湖畔には柳の木は数本あるが、投宿したときは秋半ばだったので柳絮の飛ぶ季節ではなかった。したがって実写句ではないが、楽曲「リバーサイドホテル」と零雨先生の詠む異国情緒の俳句がドッキングして出来栄えはともあれ、筆者には想い出のこもる掲句ではある。(2023/05/15)

 

901『クラインの壷・俳句』

  クラインの壺の酒酌む詩あきんど  硯水

クラインの壺」とは、境界もない表裏もない2次元曲面の一種で、クラインの壺2等分すると、それぞれがメビウスの帯となるので、二つのメビウスの帯を境界に沿って貼り合わせてもできる。

俳句を作るという行為には、五七五上5下5とがぐるっと回って、円環するような感覚を覚えるときがある。この句の場合、クラインの壺酒を酌むのだが、酌んだ酒のいが「詩あきんど」には、もう一杯もう一杯梯子しているような、下5は上5へとり、永劫回帰するような酔い心地になっているであろう。

江戸時代其角みっぷりは、まるでクラインの壺酒だったのかと思うのだ。こんな酒で風流を味合うのが『詩あきんど』流である。無季俳句花鳥風詠に劣らず風流を味わえる。こんな一座して呑んでみたい。二上貴夫

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以上は俳誌「詩あきんど」の第六回Web句会において特選一位をいただいた拙句と、主宰の二上貴夫先生の講評をブログの新【詩あきんど】より転載させてもらった。

「クラインの壷」については貴夫先生の解説につきるが、筆者の場合は壷の形体の比喩として、座り心地の悪さや体幹の揺れが意識され、心身の不安定な状態が認識されてならない。

さて、そもそも「酒」とは何であるか・・・諸味や麦芽やアルコール度数などの科学分析はさておき、笑い上戸に泣き上戸、酔っ払って哄笑戦線を突っ走ったり、酒は涙か溜め息かとばかり感涙戦線をさまよったりするもの。百薬の長ともいい気違い水ともいうが、ギリシャ神話のバッカスというのは酒の神であり、酒の活力は「非日常の窓」が開けられるマスターキーにほかならない。

貴夫先生が「俳句を作るという行為には、五七五上5下5とがぐるっと回って、円環するような感覚を覚えるときがある」と述べられた。この感覚は筆者も長らく感じてきたが、先生の講評によってよりはっきりと自覚できた。俳句の5音・7音・5音が円環し、語数のリズムが繰り返され、日本の詩歌の古くて美しい七五調や五七調が刷り込まれてゆく・・・

掲句は「詩あきんど」の皆さんにクラインの壷酒を呑んでいただき、バッカスと、ギリシャ神話の神仲間であるミューズ(詩を司る女神)の力もお借りして、名句をものして欲しいというのが句意である。

貴夫先生に「こんな酒で風流を味合うのが『詩あきんど』流である」と受け取っていただき、さらには「無季俳句花鳥風詠に劣らず風流を味わえる」と過分にお褒めいただき感謝のかぎりである。(2023/05/08)

 

 

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